第十一回007 TV吹替声優紹介〜第四期 悪役・脇役〜
 

  第四期の悪役は、ボンドが若返ったのに合わせて、若くて活動的な悪役が増えてきました。そういった意味では、肉体的にもボンドと対等に渡り合うタイプです。声の担当も、80年代以降から主に活躍をしている、中堅実力派声優が並びます。

 

  『ゴールデンアイ』では、ボンド候補にもなったショーン・ビーンが敵役に。とうとうボン00セクションから敵が登場(ネタバレすまん)。当時36歳ですから、ボンド悪役の中でも若手に分類されますね。声を担当したのは、ハリソン・フォードやメル・ギブソンのFIXで、ショーン・ビーンも他作品で担当している磯部勉。ヒーロー声ですが、意外に悪役でもイケる方です。時折、嫌らしい口調になるのもワルっぽくていい感じです。ボンドの声が田中秀幸なので、"イイ声"対決が楽しめます。

 

 

 『トゥモロー・ネバー・ダイ』は、現在のイギリスを代表する俳優のひとり、ジョナサン・プライスが悪役に。舞台では輝かしい実績の持ち主ながら、映画では『未来世紀ブラジル』のような線の細い青年役の印象が強く、007シリーズの悪役に抜擢されたと聞いたときは、正直驚きました。ところが、フタを開けてみると、シリーズの過去の誇大妄想狂の悪役を、現代にアレンジしたようなキャラで、良い意味で再び驚きました。常に薄笑みを浮かべ、目があっちの世界へイッちゃっている感が、ボンドの悪役らしさが出ていました。
 最初に放送されたフジ版で声を担当したのは、小川真司。ああっ、ボンド声優が悪役になっちゃった。この後は、結構このパターンでてきますよ(笑)。悪人やヤクザの声を演じることが多い方なので、配役自体は問題なし。ヘラヘラ感も上手く表現していて、この役柄にはぴったりです。が…ダルトン=ボンドを観た後だと、多少違和感が(笑)
 テレビ朝日版では、羽佐間道夫が登場。『リビング・デイライツ』のコスコフに続く007悪役です。コミカルさを少し出しつつ、秘めたる狂気を内包する声の演技で、さすが大ベテランの"巧の技"を味わえます。

 

 

 『ワールド・イズ・ノット・イナフ』では、当時のイギリス映画界で注目株だったロバート・カーライルが、頭に残った弾丸の影響で痛みを感じなくなったテロリスト、レナードを演じました。一応メイン悪役ながら、誘拐したソフィー・マルソーにうまく転がされ、劇中ではいつの間にか二番手悪役に転ずるという、変わった役どころ。
 声を演じたのは、古川登志夫。一般の方にはアニメ界での活躍で有名だと思いますが、洋画や海外ドラマの吹替の経歴も長い方です。なにせ、1976年に放送された『空飛ぶモンティ・パイソン』のテリー・ギリアムの声を担当してますからね! 日本でも人気があった『白バイ野郎ジョン&パンチ』では、田中秀幸とのコンビでしたが、本作では敵同士で対決です。
 正直、本作のカーライルのキャラはいいとこ無しで印象も薄いのですが、古川氏のケレン味のある声の演技で相当助けられています。声や演技の力で、オリジナルよりパワーアップさせることができるのが、吹替の利点ですね。

 

 

 『ダイ・アナザー・デイ』は二人の悪役に注目です。グスタフを演じるトビー・スティーヴンスは、名優マギー・スミスの息子です。ベースは母親に似た顔つきですが、激昂するとなぜかマイケル・ケインっぽい顔に…(余談でした)声は、舞台やテレビドラマでも活躍する木下浩之が演じました。ちょっとビブラートの入るバリトン系の声で、キレ演技もなかなかでした。
 グスタフの配下で、リック・ユーンが演じるザオは、大ベテランの池田秀一が担当。いやあ、こっちがメインの悪役声でしょうに…と思ったら、本作が放送される前に、テレビ朝日「日曜洋画劇場」で放送された『ワイルドスピード』で、池田氏は既にリック・ユーンの声を担当していました。その流れでの起用だったようです。

 

 

 『カジノ・ロワイヤル』のマッツ・ミケルセンは、『美しき獲物たち』のクリストファー・ウォーケンをちょっと髣髴とさせる、久々のキモ・キャラ系悪役。目から血を流しますもんね。お前はツノトカゲか!というツッコミは置いといて、声の担当は藤原啓治。アニメで大活躍の一方で、洋画の活動も続けていた結果、『シャーロック・ホームズ』のロバート・ダウニーJr.の声で大ブレイク。以降は、洋画・海外ドラマ吹替に多々出演されている方です。藤原氏の硬質な声は、ル・シッフルのネチッこさを際立たせて、気持ち悪さ倍増です。

 

 

 『慰めの報酬』TV放送吹替キャスト・新録版では、過去に007のTV吹替に登板したことのある方を抜擢しています。まず、メイン悪役のマチュー・アマルリックには、『トゥモロー・ネバー・ダイ』でブロスナン=ボンドを演じ、『リビング・デイライツ』テレビ朝日版でコスコフを演じた、江原正士を起用。シリーズ最高のキモ面キャラ、かつシリーズ最高の小物感を漂わせるミスター・グリーンが、江原氏の怪演によって、気持ち悪いと同時に、狡猾さと残忍さを秘めたキャラに変貌! カミーユの前ではネチネチした声を出しながら、「トスカ」の会場でのクォンタム会議ではピシっと悪役らしく台詞を決めるなど、江原氏の場面に合わせたきめ細かな演技のパターンは、ぜひともご鑑賞いただきたいです。
 そしてメドラーノ将軍ことホアキン・コシオには、007シリーズの悪役の声の代名詞ともいえる、内海賢二氏にご登場いただきました。メドラーノは出番も少なく、作品中の印象は薄いのですが、内海氏の迫力ある声によって、記憶に残る悪役になりました。収録時は、既に内海氏は体調が悪かったにもかかわらず、そんな印象は微塵も感じさせない、すばらしい演技を披露してくださいました。007シリーズでの内海氏の最後の悪役演技を、本作でぜひご堪能いただければと思います。

 

 

 さて、ここからは脇役編。まずは『トゥモロー・ネバー・ダイ』で、ボンドの元恋人パリスを拷問死に追いやるドクター・カウフマンを取り上げます。飄々とした風貌で、出番は少ないながら、そのマヌケな死にっぷりで人気が高いキャラクターですが、フジテレビ版で声を演じたのは青野武。コメディ演技には抜群の定評がある青野氏なので、トボけた雰囲気がさらに強調されています。青野氏は『消されたライセンス』でクレストの声も演じていますが、こちらはコワモテの悪役演技でした。
 テレ朝版では、千田光男が担当し、こちらもかなり笑える仕上がりです。この方は、洋画劇場では声を聞かない日はないといえるほど、多数の作品で声の出演をしています。シリアスな役柄からコメディ演技まで器用にこなす方です。

 

 

 『カジノ・ロワイヤル』で押さえておきたい脇役は3人。まずは、ミスター・ホワイトことイェスパー・クリステンセン。個性的な顔立ちで、悪役にふさわしいコワモテぶり。声のほうも、特徴のある大塚芳忠が演じています。この顔にこの声、というわけで、正体不明の悪の組織の幹部にふさわしい、吹替ができました。
 そしてフェリックス・ライターことジェフリー・ライト。ライター役にも黒人が登場です。声を担当する石田圭祐は、舞台やドラマで活躍しつつ、吹替も多く手がける方で、太く渋い声が特徴です。まさに、がっしりした黒人の声といったところです。
 最後はマティスです。演じるのは、ジャンカルロ・ジャンニーニ。なにせルキノ・ヴィスコンティ監督の『イノセント』にも出演した、イタリアを代表する実力派俳優。その声は、西村知道が演じています。西村氏は吹替のキャリアが長く、過去の007のTV放送吹替でも、『二度死ぬ』や『オクトパシー』などに脇役で出演しています。この方の特徴は、声は西村氏とはっきり分かるのに、声をアテている役者が西村氏の声ということを意識させない点です。つまり、役柄に応じて、その役に溶け込んだ演技ができているということです。脇役のときは出過ぎない演技で、マティスのような割とメインの役や悪役のときは、前に出る演技ができるので、業界にとってかなり貴重な存在だと思います。
 そして、西村氏は実はボンドの声もアテたことがあります。『ピンク・パンサー5 クルーゾーは二度死ぬ』で、クルーゾー警部が整形手術を行い、今後は007として活躍するというオチ(またまたネタバレすんません)なのですが、その新生クルーゾー=ボンドをロジャー・ムーアが演じていて、声は西村氏だったというわけです(笑)。

 

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