第七回007シリーズTV放送吹替ディレクターに聞く
       〜福永莞爾〜
 

聞き手:とり・みき

──007ではブロードメディアスタジオ(旧ムービー・テレビジョン)制作のTV放送吹替を多く演出されています。それまでは東北新社が制作していましたが、ご自身が演出されるにあたって、変更した点、工夫された点をお伺いしたいのですが。

 ブロードメディアと東北新社に関しても、相手が変わっても僕のやることは同じなんです。(声優の)キャスティングに関しても、テレビ局は"あちらがこうしたから、ウチはこれで行く"みたいなのがありましたから、必然的にその流れの中で演出をやるだけです。同じ作品でも声優さんがバラバラなんてことも起きていました。007のティモシー・ダルトンは鈴置洋孝と、山寺宏一がやっていたんでしたっけ?

──『リビング・デイライツ』が鈴置さん、『消されたライセンス』が山寺さんですね。

 ということは、どちらかのスケジュールを押さえられなかったんでしょうね。鈴置でやりたいんだが、スケジュールが合わないとか。"じゃ誰がいいのか? 山寺がいいんじゃないのか"みたいなことだと思います。神谷(明)さん(『ゴールデンアイ』『トゥモロー・ネバー・ダイ』)はVHSですか。彼の配役を僕が決めたのかどうか覚えていません。ひょっとしたらワーナーさんかもしれない。ビデオ版と変えたいということで、テレビ版では田中秀幸さんになったんでしょうね。

──007シリーズの演出で心がけた点はありますか。

 僕が一番気をつけたのは、とにかく"ハラハラドキドキ"させるということですね。その時に僕の頭の中にあったのは力道山です。それこそ僕が大学生だった頃、要するに力道山が強かった頃、あれは確実に"ハラハラドキドキ"でしたから。で後から、あれは作られているというのが分かっても、あの時はとにかく"ハラハラドキドキ"していた。ということは、最初はとことんやられなきゃダメ。格好良くやられる、というのは絶対NGにしたんです。とことんだから、どんな人であれ"窮地の時には必死で泣け"と言っていました。観ている側は"どうせボンドは助かるんでしょ……"くらいに思っているわけですから、それをして"ひょっとしてヤバイ?"と思わせるくらいやらないと面白くない、ということです。何か心得としてあったとすれば、そんなものでしょうか。

──ちょっと格好を付けた演技だとNGになるわけですね?

 主人公が危機にさらされている時です。"ハラハラドキドキ"の時は、絶対に"格好良さ"は出させなかった。で、窮地を脱したら、目一杯格好良くていいんです。最後のラブシーンなんかは、当時の山寺さんは照れちゃって何回録り直したことか(笑)。そこは本当の二枚目になって演じてくれないと。もう何が来ても怖くなくなってくれていないとね(笑)。007シリーズ自体が、そういう映画でしょう?

 

──外画については、テレビ版、ソフト版の演出をされていますが、最近はソフト版では意訳ができないようになっていると思います。演出の違いというのは何か考えられていたりは?

 演出の違いというのは、僕の場合は何もないです。考えたこともないですね。"遊びが少なくなった"というような書き方をどこかにされてあったように思うのですが、遊ぶのが僕はあまり好きじゃないんです。あれは昔の、日本語放送しかなかった頃の名残だと思うんですよ。今はバイリンガルで英語も聞けるし、字幕も出るという状況に変わったので、それに対応しなきゃいけないと思います。ですから、意訳しすぎるのはあまり好きじゃないんです。

──昔の洋画劇場のように少し遊びがあったほうが好きな人もいれば、原典に忠実にやって欲しい人もいて、いつも意見を戦わせています。

 "別物"となることを前提に日本語版を制作できるような作品なら、いいんですけれどね。でも、それを前提に作れる作品は、そうは無いと思うんです。例えばジャッキー・チェンの作品のようなものなら、部分的にはある程度それも可能かもしれません。それと、「遊び」としての日本語のギャグは、僕は面白くないと思うんです。ある種の楽屋落ちというか、内輪話になってしまうんですよね。はやり言葉を使っていたりするんですが、それらはその時の言葉であって。

──オンエアだけで消えてしまう時代ならともかく。

 当時は放送されて、みんなが楽しんで、それで終わりで良かったんだと思います。今はソフトで吹替が残りますし、オンエアも録画できてしまうわけで、「残るもの」となると、(遊びがあるものは)あまり良くはないんじゃないかな。僕はそういう考え方です。

──声優さんによっては独自の言葉遊びが好きな方もいらっしゃいましたが、そういう吹替にはNGを出してらしたのでしょうか。

 当時はそれ(言葉遊び)を採用することが多かったかもしれません。(二ヶ国語放送が無い時代で)原語が何を言っているか分かりませんから。映画でそれをやるのはあまり好きではありませんでしたが、テレビドラマなどでは、それはそれで楽しんだ時期というのはありました。ものによりますけど。でもそう言う時でも"嘘はつかないでね"と言っていたと記憶しています。その役者の口調と面白さで、彼のリズムで面白くなればそれでいいけれど、嘘はダメと(笑)。つい勢いで言っちゃうというのがありますから。印象に残っているのは、広川太一郎さんですね。2006年に、DVD用にロジャー・ムーアの007の吹替を作り直すことになって僕が演出をしました。広川さんは言葉遊びをやる方ですが、まったく遊びをやりませんでした。

──ご自身もムーアのボンドは二の線で、と決めてらしたようですね。007のDVD用吹替は、広川さんの最晩年の録音でしたが、ご本人の体調はどうでしたか。

 まったく元気そうでしたよ。別録りもせず、みんなと一緒に録ってますし、まったく(病気の)兆候はありませんでした。(人柄が)丸くなってたかな。その理由も、一緒にやってた人たちの中に、昔一緒にやってた仲間がいなかったからでしょうね。知らない人が多かったからだと思います。収録が終わっても、みんなと一緒に酒を飲みに行かなかった記憶はありますね。後から聞いた話だと、彼が行かなかったのは体調の悪さがあったみたいでした。

──007でお好な作品を教えてください。

 やはり最初の『殺しの番号(ドクター・ノオ)』や『ロシアより愛をこめて』ですね。ショーン・コネリーが出て来たときは、衝撃的でした。イギリス映画が、あんなに緻密でアメリカ映画を超えるくらいのエンターテインメントを作ったという点も大きかったのかもしれないです。当時観ていた映画とはまったく違っていて、それがすごく面白かったのを覚えています。

(2013年3月18日 於:於:フィールドワークス 協力:小野寺徹)

※上記以外に、当時はまだ珍しかったフリーの演出家としてのご活躍や、最先端の技術を活かした演出手法による、独特な収録など、大変興味深いお話しを伺いました! インタビュー完全版については、「007 TV放送吹替初収録特別版 DVD-BOX 第四期」同梱のブックレットに収録しております!

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