第一回TV放送吹替版のコネリー=ボンドの声
〜若山弦蔵 スペシャル・インタビュー〜
 

聞き手:とり・みき

ショーン・コネリーのボンド役と言えばこの人、若山弦蔵

──若山さんでのジェームズ・ボンドの録音は最初が1976年放送の『ロシアより愛をこめて』でした。それまでにも長尺物の吹替をされてはいましたが、テレビシリーズでいくつもの人気番組をお持ちでした。ジェームズ・ボンドは前任者に大抜擢の日高晤郎さんがいらして、その後、若山さんにオファーがあったそうですが、その時の率直なお気持ちを教えて頂けますか?

あの頃は007シリーズと言えばお盆と正月用というイメージで、お客を呼べる映画という定評がありました。それがテレビで初めて放送になるというので、同じ仕事をやっている僕らの仲間の中でも“(ボンドの声を)誰がやるのだろう?”と注目されていたんですよ。日高さんに収まったというのを聞いたときは、“(東北新社の)植村さんは、恐らく他の役のイメージの無い、まっさらな人にショーン・コネリーの役をと考えたんだろう”と思いました。 ただ、思ったより視聴率が良くなかったとかで、TBSが作り直すということになり、僕のところに話が来たんです。僕にとっては、すごく嬉しい話でしたね。ボンド役をやれるということは……いや、やれるというよりも、やりたかったですね、この役は。劇場映画をテレビで放映する場合に、ショーン・コネリーのシリーズをもし僕がやらせてもらえるのなら“これはすぐやりたい!”、そういう役だったですね。

 

それ以前には『ローン・レンジャー』や『シカゴ特捜隊M』など、長期のシリーズ物ばかりをやっていましたから、その声のイメージが聞いてる人たちにどう響くのだろう?と、やや気にはなっていました。でも台本をもらって、試写を観ると、もうその世界に自分のほうから入ってゆくものなんです。どの役の声だからとか、声を変えようとか、そういったことよりも、“007という役に自分のほうから近付いていけばいいんだ”と考えれば、わりと楽に役に入れました。とにかく、(ボンドを)演じることが、非常に嬉しかったですね。

『ドクター・ノオ』

──当時の新聞にも、(007の放送権を)NETが買っただの、TBSが買っただのという記事が載るくらいの関心事でした。以前にも僕は率直な感想を言わせてもらったことがありますが、最初に若山さんのお声で拝見したときに、初期のコネリーに関しては、コネリー本人より若山さんのお声のほうが貫禄があるように感じました。

いや、あの顔に僕の声が合っていったんじゃないんでしょうか。ショーン・コネリー自体も、特に『ドクター・ノオ』のときの声は、わりとか細い、頼りない声だったんですよ。そこが、声をアテるときには非常にやりにくかった。どうも主役の声に聞こえてこなかったからなんですよね(笑)。それを“俺が主役の声にしてやるぞ!”みたいな気概はありました。それで何とか形になったんじゃないでしょうか(笑)

──テレビの吹替では、主役の外国俳優の声が貧弱でも、こちらの声でフレームアップしよう、みたいなことはあったと思います。ただ最初の頃は、若山さんのお声のほうが貫禄があり、“おっ、急にショーン・コネリー上手くなったな”みたいな感じで観ていたんですが、ショーン・コネリーも素晴らしい俳優さんになって、若山さんのお声にショーン・コネリーが追いついていったような感じです。

いやいや、そんな……。いい俳優になってからのショーン・コネリーはあまりやらせてもらえなかったのはすごく悔しいですね。でも、あれだけの人気シリーズを手掛けられて、それに飽きたらず、自分のやりたい演技派の方向へと進まれて。やはりあの人はすごいと思いますね。

『サンダーボール作戦』

──コネリーの台詞の発し方に、癖みたいなものは?

あまりないですね。特徴はないです。あの人は、声にも特徴がないです。だいぶ後になってからのほうが、だんだん低い声になってきましたね。『ドクター・ノオ』とか『ロシアより愛をこめて』の辺りは、結構すかした声を出していたんですよ。

──007シリーズは、放送局としてもお正月や改編期の目玉番組だったわけですが、他の作品の収録よりは、やはり時間や予算を掛けたり丁寧でしたか?

普通でしたよ。別に007シリーズだから、どうのこうのというのは少なかったです。僕だけですよ、気負っていたのは(笑)。

──『007は二度死ぬ』は日本で撮られた作品ということもあり、丹波哲郎さんと浜美枝さんが出演されていました。声もご自分たちが吹き替えられていました。

そうですね。若林映子さんだけが行方知れずで。(※声は小宮和枝が担当)あの頃は、そういう意味では隅々までキチッとした配役をやっていましたね。(『ゴールドフィンガー』の)ゲルト・フレーベの滝口順平さんとか、良かったですよ。

『007は二度死ぬ』

──007シリーズにしてもそうですが、若山さんの常に微かなユーモアを背負って喋っている感じは、『バークにまかせろ』辺りからのヒーロー像かなと思ったりもするのですが。

う~ん、そうですね(笑)。台本の通りに読んでる場合は、演技が一色になってしまう。ところが人間っていうのは一色ではないわけで、色んなニュアンスを含んでいることが普段の生活の中でもあるわけです。悪いヤツでも良く見えたり、いい人でも悪いなというのがチラっと垣間見えたりする。そういった部分の表現を細かくやると、吹替でも面白くなって行くんじゃないでしょうか。僕はラジオ育ちですから、声だけでもって演じなければならないという訓練をずっとやってきました。そういう意味では、身体全体で表現する新劇の人たちとは、台詞のニュアンスが多少は違ってくるんじゃないでしょうか。 ラジオドラマというのは、本当に声だけですからね。

(2012年9月24日 於:東北新社にて 協力:東北新社・池田憲章)

※上記以外に、吹替業界や若手声優についてのご意見、仰天するような業界の裏話など、盛りだくさんでお話しを聞かせていただきました。 そちらについては、「007 TV放送吹替初収録特別版 DVD-BOX 第一期」同梱のブックレットに完全収録しております。お楽しみに!

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