第五回007シリーズTV放送吹替ディレクターに聞く
      〜伊達康将 〜
 

聞き手:とり・みき

──伊達さんが「007」を初めて演出されたのは『美しき獲物たち』ですが、佐藤(敏夫)さん、小山(悟)さんから引き継がれて、ご自分で「こうしてやろう」とかいった思いはありましたか?

 特になかったですね。基本的に「007」のテイストは、決まっているじゃなでいすか。ティモシー・ダルトンの007作品の演出は、僕が最初だったと思いますが、そのときに、僕が小川(真司)さんをボンドの声に選びました。「違うふうにやろう」というより、「ティモシー・ダルトンだからこうやろう」と考えてのことですね。大まかな「007」の雰囲気は変わっていないと思いますので、(佐藤さんや小山さんが創り上げたスタイルを)そのまま継承しようとしました。

──ダルトンの声に小川真司さんを選んだ理由は?

 ティモシー・ダルトンは、独特の表現を伴っていて、明晰なイメージがあります。英国の俳優は、そういうタイプが多いですよね。そういった意味で、滑舌のいい、しっかりとした人をと考えまして……その流れで小川真司さんになりました。もちろん、局のプロデューサーも判断しますから、僕ひとりの意見ではなかったと思いますが。

──その前に、最後のロジャー・ムーアの『美しき獲物たち』を演出されているわけですが、広川(太一郎)さんと野沢(那智)さんという、当時の2大二枚目人気スター声優の競演となりました。現場の雰囲気とか憶えてらっしゃいますか?

 当時のリハーサルは、出演者全員を集めて行っていたんですが、そのときに広川太一郎さんが、「大丈夫だから、ヘンなアドリブ入れません」と、自分から言い出してきました(笑)。つまり「007のロジャー・ムーアに関しては、アドリブはしない」と彼は決めていたみたいですね。

──「007」はテレビ放送版とソフト版の両方の吹替の演出をなさっているわけですが、どのような違いがありますか?

 ソフト版は、ある意味オリジナルからは、はみ出さないようにするものです。テレビ放送版の場合はカットもありますし、平坦にならないよう、ある部分を強調して山を付けたりとか、そういう狙いはあります。キャスティングも「ボンドがこうであれば、敵もオリジナルよりもっと強烈な人を(声に)持ってこなきゃ」とか、そういった演出は行います。最近のように、非常にオリジナルを重視して"その通りにやらなければならない"じゃないですけれど、少なくともソフト版では際どいことはやらなくなってきていますね。

 

──翻訳の方で伊達さんがよく組んでいらしたのは?

 どなたもおっしゃっていますが、木原(たけし)さんが素晴らしかった。木原さんは、自分がアテレコもやっていらしたので(※河内博の名義で、「コンバット」や「サンセット77」などに声優として出演)、演技として喋りやすい言葉を考えてくれます。彼は、台詞の頭で口を合わせて、その後で口を閉じて間ができたところにも、向こうの俳優が後ろ向きだったり画面の外に顔があったりすると、その間にも台詞を作って、次に続く語尾のところまでずっと台詞を入れたりするんです。情報量はできるだけ多い方がいいということで。「こんな間を使うんだ!」って驚いたことがありました。入れられるだけ情報を入れて、"ここはアタマからケツまで、続けて喋ってくれ"とか注釈が付いているんです。

──今は口にピッタリ合わせて、細かくひと言ひと言録音できるようになりました。演出方法も昔とは変わってきますか?

 オリジナルを尊重するのは当たり前ですが、そのオリジナルが本当に言わんとしていることが何なのかを外れないで伝えれば、細かいところは変えて良いと思うんです。そういった細かいところに、実は味があったり表現の幅があったりすると思っています。

──「007」は"捨て台詞"のような、いい台詞がいっぱいありますよね。

 日本語としての、文学的というか美しさを大事にしなければならないと思います。もちろん、リップシンク(口が合うこと)は重要ですが。技術を駆使して精度の高いものを作る作業が必要な一方で、創造性やセンスも必要だと思います。ある時代では、そういうことができました。極端に改ざんした時代と、技術をふんだんに使って洗練された(吹替版を作っていた)時代とがあったわけです。(大きく意訳する部分と、そうではない部分の)優劣があったんですよ。それが最近はあまりなくなりましたね。

──韓国のテレビシリーズも手掛けてらっしゃいますが、欧米の吹替と違う点がありましたらお聞かせください。

 (韓国作品を)最初にやり始めたときに、容姿が日本人とあまり変わらないので平板な物になりがちなのですが、あまり極端な声が出て来るのもマズいんです。日本人ばなれした声質の人は、韓国ドラマでは声に合った役がないというか。バタ臭い人たちも、韓国作品には合いにくいという気がしますね。時代劇はまた別ですが。

──逆に欧米作品の場合は、多少個性を強く、キャラクターを強くしようと考えてキャスティングされていたということでしょうか?

 そうですね。黒人なら、低くて野太いという黒人のイメージに合った声の方を、太った俳優が出てくれば、そのイメージに近い声の人を、キャスティングしていました。ただ現実は、「そういう人だから、そういう声の人」とは限りませんけれどね。でもテレビは分かりやすく伝える必要がありますから、バリエーションに富んだキャスティングになります。それが面白さを増加、倍加させていたかと思うんですよ。

──そういう意味では「007」シリーズは際だったキャラクターのオンパレードですので、テレビ吹替の真骨頂を楽しめる作品ということになりますね。本日はどうもありがとうございました。

(2013年1月24日 於:東北新社にて 協力:東北新社・池田憲章)

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