第三回007シリーズTV放送吹替ディレクターに聞く
   〜 小山悟 〜
 

聞き手:とり・みき

80年代後半、007のTV吹替版の別バージョンが次々と制作され、もうひとつのボンド・ワールドがお茶の間に登場した。その演出を担当した小山悟氏に全貌を聞く!

──吹替の番組自体はお好きでしたか?

もちろんです。僕らが子供の頃は外国産のテレビ番組が多くて、それを観て育った世代ですから。

──子供の頃に特に好きだった外画のシリーズというのは。

いろいろありましたね。『逃亡者』とか……いろいろ観ましたけれど……。『ララミー牧場』などは好きでしたね。『ライフルマン』ももちろん観ていましたし……でも、西部劇はそれほど好きではなかったですね。

──東北新社に入ってからの勉強期間というのは……。

アシスタントとして半年から1年くらいありました。まずメインのディレクターにしばらく付いて、その後、色んな方に付いて勉強しました。最初に付いたメインのディレクターは小林守夫さんでした。

──助手の頃で覚えている作品はありますか?

とにかく小林(守夫)さんは大作をたくさん手掛けていたので……『チャ-リーズ・エンジェル』も最初は小林さんだったんですよ。それが色んな事情で変わったりしまして……。シリーズなら深夜にやっていた『作家探偵ジェイソン・キング』などもありましたね。あと大作で言うと『ルーツ』。テレビ朝日だったかな。あれは大変でした。

 

──小山さんが007の演出を取られるのは87年にOAされた『ユア・アイズ・オンリー』が最初で、番組枠でいうと『月曜ロードショー』が『ザ・ロードショー』になってから、シリーズ的にはロジャー・ムーア時代後期ということになります。007だからというので特別な思いはありましたか?

子供の頃から観ていた好きな作品なので、それを担当できるのは嬉しかったし、やりがいというか気合いも入りましたね。ただ、佐藤(敏夫)さんがずっとそれまで演出をやってきたものを壊さないで作っていかないといけない、というプレッシャーも同時にありました。佐藤さんから変わって"つまらなくなった"とは言われたくないですし。

──逆に変えてやろうというのは?

もちろん"私がやるからには!"という気持ちはありましたが、キャスティングと言ってもそんなには変えられないんです。ボンドガールの吹替に若手を抜擢するとかはできましたが。あとは言葉遣いですね。台詞を、私がやるからには現代風というか……ちょっと前の作品を観ていると言葉遣いが古い感じがする部分もありましたから、日本語としての違和感を無くしたいということで、そのあたりは意識して語り口調に変えようと思ったところはありました。

──『ユア・アイズ・オンリー』でボンドガールの吹替が戸田恵子さんになって「あ、若くなった」と思ったんですよ。

 『死ぬのは奴らだ』(の小山氏による再録)を観ると玉川紗己子(現・砂記子)さんも当時新人でしたが、その辺の変更(ボンドガールを新人の方に演じさせる)はやっていました。が、逆に考えると、その辺しか変える余地がなかったのかな、とも思いますね。

──でも逆に『オクトパシー』は来宮良子さんというベテランの起用だったので驚いたんですが。

あれは、僕があえて来宮さんにお願いしてキャスティングしました。あれで僕なりの独特さが出たんじゃないかと思います。確かにベテランの方ですけれど、オクトパシーのような色っぽい強さを出したかったんです。その頃、確か来宮さんはあまり吹替をされてなかったと思います。ナレーションでは大活躍されていましたが。それを引っ張り出してきてでも、演じてほしかったんです。

──広川さんのロジャー・ムーアは、遊びを抑えて二の線で通しながら、もともと原典に洒落っ気のある台詞も多いので、そういう場面ではニヤリとさせていただきました。小山さんから見た広川さんの魅力とは。

ムーアのジェームズ・ボンドは、甘いながらも芯があって骨太な感じがあります。それに何よりもシャレっ気があるんですよ。そのシャレっぽさがいいと思うんです。単に二枚目だけじゃなくて、所々で出て来るシャレっぽさがジェームズ・ボンドをより大きく、幅を広くしていると思うんです。そういう意味では、広川さんは役に合った人だったと思いますね。彼は声自体がセクシーですから、そこはやはり決め手ですね。

──何か注文を出したことはありますか?

いや、それこそ佐藤さんの考えを踏襲して、私も広川さんのもうひとつの個性であるアドリブはなるべく抑えてもらいました。私から注文というよりも、広川さんは大先輩なので、私が彼の胸の中に飛び込んでいって、私の考えなりを説明しながら一緒に打ち解け合っていったという感じがします。彼も、私の考えを理解して演じてくれた気がします。

──007シリーズでは、ボンドガールや悪役のキャスティングが、作品に対して重要なポイントになると思いますが。

そうですね。007作品に関して言えば、対峙する悪役とボンドガールが決め手になります。ジェームズ・ボンドは広川さんで決まっていますから、それに対して負けない悪役となると、役者としてもわりとベテランの方を、ということになりますね。

──007に限らず、演出をなさる時に一番日本語版で大切だと思うのはどういう部分でしょう?

バランス感覚ですね。キャスティングにおいてもそうですし、予算に応じた配役やスタッフを用意したり、芝居においてもオリジナルの役からはみ出さないようなところで止めておくとか。映像とのマッチングを考えてのバランス感覚だと思います。あとはOKを出す基準が、演出の決め手であり、演出の違いであったりすると思うんですよ。妥協と言えば妥協かもしれないけれど、OKのレベルを高いところに保てるかどうか、そのレベルに役者の演技を持ってこれるかどうかだと思います。

(2012年12月3日 於 ハーフエイチ・ピースタジオ BOF3スタジオ 協力:池田憲章)

※実際のインタビューでは、問題の『ダイヤモンドは永遠に』内海賢二版の誕生の秘密、最近の別録り吹替制作の利点と問題点など、大変貴重なご意見を伺うことができました。そちらについては、「007 TV放送吹替初収録特別版 DVD-BOX 第二期」同梱のブックレットに完全収録しております。お楽しみに!

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